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人新世の「資本論」
2021.5.16
人新世の「資本論」 斎藤 幸平著 集英社新書
これまでの資本主義の経済システムは新興国の廉価な労働⼒のもと、先進国に発展と繁栄をもたらしましたが、マルクスはこれを資本による収奪と負荷の外部化・転嫁と表現しました。現在は資本主義のグローバル化が地球の隅々まで及び、新興国も急速な経済発展を遂げた結果、新たな収奪の対象となるフロンティアは消滅しつつあります。そして外部化・転嫁しきれない資本による収奪と負荷は、わたしたちの住む先進国に歪みとなって戻ってくるようになりました。例えば、先進国内部での労働⼒搾取は格差問題として。⿂介類や⽔などの中に混じったマイクロ・プラスチックとして。気候変動によって激甚化した災害として。
⻲裂の⽣じ始めた資本主義の経済システムを乗り越え、わたしたちがより良い未来を選択するにはどうしたら良いのか。マルクス研究者として世界的に注⽬を集める著者が、その⼿掛かりを示してくれます。
近年、世界的にマルクスの思想が再び⼤きな注⽬を集めてるのは、冒頭で述べたような資本主義の限界がいたるところに表出しているからでしょう。実際、ミレニアル世代やジェネレーションZと呼ばれる⽶国の若者たちは、「社会主義を資本主義よりも好ましい」とみなしている、という世論調査のデータもあり、バーニー・サンダースのような左派ポピュリストが掲げる⺠主社会主義政策が⽀持される背景にもなっています。
⼀般によく知られているマルクスの思想は『共産党宣⾔』や『資本論』で展開される、「資本主義がもたらす近代化が、最終的には⼈類の解放をもたらす」というものですが、本書ではこれまで語られることのなかった晩期マルクスに起きた思想の転換を基に話が展開していきます。
では、晩年のマルクスに起きた思想の転換とは⼀体どのようなものだったのでしょうか。著者はそれを「脱成⻑コミュニズム」と表現しています。
本書の後半では晩年のマルクスを研究することで浮かび上がってくる『資本論』に秘められた真の構想についての具体的な内容が書かれていますが、要約すれば次の五点にまとめられます。
「使⽤価値経済への転換」、「労働時間の短縮」、「画⼀的な分業の廃⽌」、「⽣産過程の⺠主化」、そして「エッセンシャル・ワークの重視」。140年以上も前の構想ですが、昨今、世界中で解決が求められている課題を予⾔しているかのようで驚くほかありません。
「使⽤価値経済への転換」とは⼤量⽣産、⼤量消費によってGDPの増⼤を⽬指すのではなく、⼈々の基本的ニーズを満たす経済への転換を指します。これはいま世界中で広がるウェルビーイングの概念につながるのではないでしょうか。また、オートメーション化による⽣産⼒向上が、労働からの解放につながらず、むしろロボットの脅威や失業の脅威となる現状は、「労働時間の短縮」や「画⼀的な分業の廃⽌」を考えるきっかけを与えてくれているようです。「⽣産過程の⺠主化」は原⼦⼒発電から地産地消の再⽣可能エネルギーへと移⾏するうえでの重要なプロセスとなり得ます。介護職に代表されるエッセンシャル・ワークが低賃⾦かつ恒常的な⼈⼿不⾜となっている原因は、社会の再⽣産にとってほとんど価値を⽣まないにもかかわらず、⾼額の給料が得られるブルシット・ジョブに⼈が集まるからです。まさに「エッセンシャル・ワークの重視」が必要と⾔えるのではないでしょうか。
本書を読むことで、“気候危機の時代に、より良い社会を作り出すための想像⼒を解放してくれるだろう”と著者は述べています。