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医療業界はなぜインフレに弱いのか 〜医院経営の構造的弱点と、3つの設計〜

医院経営には、ほとんど語られない構造的な弱点があります。それは、収益の上限が制度で決まっていることです。物価や人件費は市場で連続的に上昇する一方、保険診療の収益は2年に一度の改定でしか動きません。

物価高が続き、賃上げも構造的な前提となった今、この非対称性は医院経営にじわじわと影響しています。本号では、この構造を整理したうえで、医療法人の枠内で打てる3つの設計について考えてみたいと思います。

収益の上限は制度、コストは市場

過去5年間で、消費者物価指数は約12%上昇しました。電気・ガス料金は2022年以降大幅に上昇し、食料品も連続的に値上がりが続いています。一方、保険診療の収益源である診療報酬は、2年に一度の改定でしか動きません。

象徴的な事実があります。6月1日から施行される2026年度の診療報酬改定では、これまでにない新しい点数として「外来・在宅物価対応料」が新設されました。これは医療業界が直面する物価高に対応するための加算で、医療業界が「物価対応」を制度として公式に認めざるを得なくなったことを意味しています。

ただし、改定率の中身を冷静に見ると別の問題が見えてきます。本体改定率は+3.09%と約30年ぶりの大幅プラスとなりましたが、その内訳を見ると、医療従事者の賃上げ財源に1.70%、物価対応に1.29%が充てられます。残る部分はわずか0.1%程度で、医療機関の純粋な経営余裕として残る部分はほぼゼロというのが実態です。

実際、令和7年に公表された医療経済実態調査では、医療法人の診療所(医科・歯科を問わず)の損益率は5%前後にとどまり、約3〜4割が赤字となっています。特に歯科では、人件費に加えて歯科材料費や技工委託費も連続的に上昇しており、コスト圧力は医科以上に複雑な構造を抱えています。

ここに、医療業界の構造的な弱点が見えてきます。収益の上限は制度で決まる一方、コストは市場で連続的に上がる。この非対称性こそが、医療業界がインフレに弱い本質的な理由です。

院長先生が打てる、3つの設計

インフレ局面で打てる手は、自費診療の見直しや業務効率化、人材定着など多岐にわたります。しかしここで本質的に問うべきは、医院経営の構造そのものをどう設計するかという視点です。

医療法人には、個人と異なり本業外の運用に制度的な制約があります。本業に関係のない投機的な運用は難しく、不動産投資なども原則として認められていません。だからこそ、制度の中で認められた領域で、長期的にインフレに耐える設計が問われます。具体的には、3つの設計が重要になります。

設計①:現在進行形のコストを吸収する

人件費の上昇は、もはや一時的な現象ではなく、構造的な前提として受け入れる必要があります。福利厚生制度は、毎月・毎年動いている現在進行形のコスト構造ですが、ここをどう設計するかで、給与上昇カーブをどの程度緩やかに保てるかが決まります。

単に給与を上げ続けるのではなく、職員に対する「総合的な価値提供」として、長期にわたって職員の定着を保つ仕組みを組み立てる発想です。これは目先の節税ではなく、人件費の構造的吸収という経営判断です。

設計②:今ある資産を、目減りから守る

医療法人の内部留保は、本業の事業継続性を支える大切な資金です。しかしここに、見落としがちな弱点があります。それは、円預金で保有し続けるだけでは、インフレによって実質購買力が静かに目減りしていくことです。

過去5年で消費者物価が12%上昇したということは、5,000万円の内部留保は、実質的に4,400万円分の購買力に縮んだことを意味します。10年、20年と長くなるほど、この目減りは大きくなります。

医療法人には、個人と異なり本業外の運用に制度的な制約があります。だからこそ、限られた選択肢の中で、長期的に貨幣価値を保てる仕組みを選ぶ視点が必要です。重要なのは、いま選んでいる方法が貨幣価値の保全という観点で本当に機能しているかを、改めて問い直すことです。

設計③:20年後の貨幣価値を、保てるか

役員退職金の準備は、10年・20年という長期スパンの仕事です。ここで問うべきは、「いくら積み立てるか」だけではありません。「20年後にも、現在の貨幣価値を保てる仕組みを選んでいるか」という視点です。

直近の物価上昇のペースは、2023年が+3.5%、2025年が+3.2%と、3%を超える年が続いています。仮にこのペースで20年続けば、現在の貨幣価値は約55%まで目減りする計算です。1億円の退職金原資が、実質的に5,500万円分の購買力に縮むことを意味します。

退職時に「想定していた金額が、想定していた価値を持っている」状態を作り出すには、設計段階で貨幣価値の保全という観点を組み込んでおく必要があります。具体的にどの仕組みを選ぶかは、医院の規模や退職予定時期、税務上の整合性なども含めて、総合的な検討が必要です。

「稼ぐ」と「守る」を一体で考える

ここまで、医療法人の枠内での3つの設計を見てきました。重要なのは、これらが「資産運用」の話ではなく、「経営の構造設計」の話だという点です。

医療法人には制度的な運用制約があるからこそ、経営の構造そのものを長期視点で組み立てる必要があります。そして医院経営と院長先生個人の資産形成は、本来一体のものです。医療法人で対応できる領域、個人サイドで対応できる領域、それぞれを切り分けたうえで、全体として「インフレに耐える構造」を整える視座が問われます。

インフレ環境を構造的に理解しておくこと自体が、長期的な経営と資産形成の選択肢を広げる第一歩になります。具体的な仕組みの選び方は、医院の規模・経営方針・院長先生ご自身のライフプランによって最適解が大きく異なります。財務の専門家とご相談しながら、ご自身の医院に合った全体設計を進めていただければと思います。

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